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続 夢の中の少女

続 夢の中の少女

前回の記事で、私が「怖い」と思う夢の話を書きました。

その夢には少女が出てきます。
その少女は何もしてこないし、何かしているわけでもありません。
ただただ私をじっと見て、ただただそこに佇んでいるだけです。

なのに、私は怖いんです。
泣き出しそうになるくらい怖いんです。

小さな頃から見ていたその夢、3年ほど前に克服しました。

続 夢の中の少女

克服、この言葉は正しくないかもしれません。
怖い。
未だにそれは変わりはないからです。

それでもこの言葉を使ったのには訳があります。

ただ怖がっていた私は、「怖い」という感情に流されてしまい、「怖い」という感情に溺れてしまっていました。
感情に流されて溺れてしまうと、そこから這い上がるのは本当に難しいんです。
実際に溺れたことのある方はお分かりかもしれませんが、自分じゃどうにもできません。
何を掴めばいいのか、自分が今どんな体制になっているのか、そんなことすら考えられずパニックになりもがくだけ。
私はこの少女から「怖い」というものに溺れてしまっていたのです。

3年前。
この時はスピリチュアルや自己啓発の本を読み漁っていた時期で、少しずつ自分を見つめている時期でもありました。

そんな時期のある日、この夢を見ました。
起きた時、にこう思えました。

「あ、俺、怖いんだ。」

自分が怖いと思っていることを肯定し、怖がっている自分を客観的に俯瞰的に見ることができました。
その瞬間、溺れている自分がどこかの岸にたどり着いたことを感じました。

あまり「怖い」という感情を持たなかった私が、この夢のおかげで「怖い」という感情を溺れるほど感じることができました。
そして、いろいろなことを学んできて、ようやく「怖い」という感情を受け入れることができる私になれました。

「怖いと思う私」を受け入れることができ、この少女に対しても考え方が変わりました。

それまでは「とにかくこの場所から離れたい」「この少女がいなくなればいいのに」と思っていました。
それが今では「どうしたの?」「何か言いたいことがあるの?」とこの少女に聞いてみたいと考えています。

しかし、それ以来この夢は見ていないんです。
もしこの少女が夢に出てきてくれた時には、お礼と合わせて聞いてみたいと思います。

続 夢の中の少女

そして、克服したわけではない理由は、やっぱり「怖い」ことには変わりはないからです。
以前ほど心の奥底から湧き出てくる怖さではなく、これまで怖いものとして捉えていた名残のようなものがあるんです。
これは簡単にはぬぐえそうにありません。
だから、「克服」という言葉は正確ではないかなと思います。

そして、こうやって記事を書いて彼女のことを考えていると、そばにいることをとても感じます。
彼女が幽霊ではないことは確かです。
でも、しっかりエネルギーとして感じます。
ガイドなどのスピリットとはまた違います。
魂という存在でもありません。

最後に少女に会った日から、彼女の印象も変わりました。
以前のような無表情ではなく、少し寂しそうに感じます。

幾度か彼女自身をリーディングしてみようかと思ったことがあるのですが、そのたび彼女は距離を取るかのように遠ざかってしまいます。
その印象から、さらに寂しさを感じてしまいます。

いつかまた会えないかな。
そんな自分がいることも、彼女がくれた私の変化なのかもしれません。

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